そこがミソ。-ドラマや特撮感想などを気ままに

ブログ、感想は見た日の分にアップしたいので過去ログがいきなり埋まってることもあるってよ。

電王は続くよ、どこまでも?

やっと読み終わったよ。今更だけどまとめも兼ねてちょこっと。

DEN-O PERSPECTIVE 仮面ライダー電王 公式読本 (ミリオンムック 6)

DEN-O PERSPECTIVE 仮面ライダー電王 公式読本 (ミリオンムック 6)

仮面ライダー電王フォトブック IMAGIN

仮面ライダー電王フォトブック IMAGIN

東映ヒーローMAX Vol.24 (タツミムック)

東映ヒーローMAX Vol.24 (タツミムック)

イマジンキャラブックは靖子たんのインタがあるからと思ったんだけど、ちょっと余分だったか。てことで靖子たんインタしか読んでないけど、あとはそのうち。
公式読本はさすが、これだけのボリュームは電王ならではかな?気持ち的にはこれ一冊あれば十分だなあ。
平成ライダーってほぼ同じスタッフで毎年だから、どうしても過ぎたことは忘れていくばかり‥‥だと思うんだよね。だから本当はスタッフを労う意味でも毎年出してほしいよ、こういうのは。いやウソです。オレが読みたいんだ、スタッフのそのときの話を。"そのとき"どうだったかってことを。
電王が特殊なのは言うまでもなく、主人公に何かが憑依して性格が変わる=フォームチェンジというシステムであって、役者+スーアク+声優の三位一体が極限にまで極められたという一つの奇跡だと思うし、そこに関わるスタッフの本気も毎年のことではあるけど、今年は本当に良くやったなあと感心するばかりです。だって前例がないことに対して1年という期限はある訳だし、次の作品だってある。失敗することがある意味許されない状況で、よくここまでやれるなぁと。本当に彼らはプロですね。
公式読本は読んでる途中で何となくデジャビュー?と思ったら、これってヒロマと同じとこが作ってんのね。出版社じゃなくて編プロが。ってことで内容的についてはヒロマと同じくらい信用できるってことで、大変に濃い内容でした。読みごたえありすぎw どうりでインタとか突っ込みどころが細かいわけだ。言ってもしょうがないけど、これを去年も出して欲しかった‥‥本当に心の底から。
ヒロマは靖子たんの「仮面の世界」ね。結構衝撃的な裏話ばかりで面白かった(苦笑)
これは電王だけでなく、毎年のライダーの「始まった頃のアウトラインがどの程度にしか決まってないのか」っていう指標になるようなスゴイ話だと思うよ?
もちろん脚本家によっても違うだろうけど、最終的に辻褄が合うのは、そんなに驚きじゃないんだ。それはある程度は合うもんなんだよね、結構そういう勘所ってあるもんだからさ。
それよりも期限の決まった大きな共同作業で、そこまで何も決めてないまま発進することの方がスゴい(笑)桜井さんとか侑斗のこととか愛理さんのこととか、ハナのことまで決まってなかったとは…(苦笑)すごすぎるよ、靖子たん&白倉P!
オレが靖子たんの作風がそんなに好きじゃないのはよく言ってたから今更ですが、つまり結局、靖子たんの靖子たん的な作劇の部分だけじゃ、たぶんオレは好きにならなかったと思うんだけど、今年は上乗せ分があまりにもすごかったと言ってもいいですか?いいよね、答えは聞いてない!
途中でデンライナー食堂車でのタロスたちのやり取りが、靖子たん印ではなくスーアクさんや監督の"地道なやり過ぎ"によってもたらされたモノであるってのが判ったりしたけど、なんだろうね、結局大変なのは判ってるからみんなで盛り上げようとテンパった結果ってことなんだろうか。靖子たんの思いつきを実行しようとしたらものすごく大変なことになったけど、その効果は計り知れなかったってことですか。というか、「出来ない」はきっとないんだよな(苦笑)
そういう意味で、例年以上にこういう裏話的なことがいろんな角度から網羅して読めるというのは、物語の謎がどうだというよりも面白いパズルというか、まさにもうこういうものは二度と出来ないであろう「電王」という作品の、何がどうして「電王」なのか?に迫る面白さといっていいというか。
 
ということで公式読本を読んでの「電王」に対してのざっとした感触というか印象を。
玩具とかそういう枠をはおいといて、ライダーなのに電車がまかり通ってしまったことといい、主人公が成長しない(変わらない)ことといい、一見SF的に見せといて実はファンタジーとか(仮面ライダーがSFだったことなんてないと思うけどw)、誰が「電王」を作ったのかというと、いつも以上に共同作業だったんだなぁと思った次第。
監督でいえば基本的な枠組み、"ライダーで電車"ということについての筋道をつけたのはパイロット監督の田崎監督だけど、その後電王についての雰囲気的な筋道をつけたのは石田監督だったっていうのはオレが思った通りで、物語としての筋道をつけたのはゼロノス担当の舞原監督だったってことですよね。長石監督はね、電王の「維持」なんだよね。長石のおじいちゃんが電車好きでヨカッタ(笑)
石田監督は好き嫌いもあると思うんだけど、オレが巨匠判ってるなあと思ったのは、電王って楽しい作品なんだってところを最初から最後まで外してないところなんだよね。それでいて話の本質はちゃんと抑えてるし、その上でどうすれば楽しくなるのか?に腐心してるから何だか判らないけど面白かったんだと思う。それって終わってみると、電王全体の評価としては正しいと思うんだよね。
舞原監督は何かを託された運命の第2ライダー担当ってことで、良太郎が謎とか運命を背負ってない分その比重がかかる侑斗について深く考えてたってこと。身内とか知り合い(ゲスト除く)ばかりの登場人物の中で侑斗と絡むってことは良太郎もそれなり違う面を見せるだろうし、(良太郎が神様に見える発言)そこまで見越して全体に筋道をつけてくれたってのが本当にきちんと仕事をしてくれたなぁと。
そうして見ると靖子たん本人の思惑がどの程度画面に反映されてたかっていうのは、表面的にはタイミングとして侑斗登場以降、こんなことになるとは思ってなかったんじゃないかと思うんだよ。イマジンたちのキャラ立てやタロスの掛け合いなんか靖子たんの芸風じゃないと思うし。
ただ靖子たんがやったことは良太郎みたいな難しい、判りにくいキャラを間違えないで最後まで筋の通ったキャラとして描いたってことかなーと。
キャラのアウトラインくらいは聞いてただろうけど、やっぱりそこをきちんと理解して正しく良太郎を演じてた健ちんってのもあるんだけど(これは演技力の問題じゃないよね)、やっぱり役者がブレないで演じられるくらいに良太郎を描いてたのは靖子たんで、むしろ靖子たんがきちんと良太郎さえ描いててくれたら、あとはデンライナーでどんな掛け合いが行われようと、ゲストの話がしょうもない話だろうと、全然構わないって話ではあったんだなぁと。これについては靖子たんGJってことで。
あとはまあどうでも良いんだけど白倉×小林対談は、ホント、大人ってズルイ‥‥だと思う。いろんな意味で(笑)よくも悪くもこういうユルさ(ライブ感w)があるから面白いんだよね。だから謎なんか何も明らかにされなくても構わないし、「電王らしい」ってのはそういうことなんだと思う‥‥で納得していいことなんだよね。
そしてたぶん今回本当に「神」だったのは高岩さんだってことで(笑)
この本はあとでまた読み返したら面白いよな、きっと。

電王と良太郎

一応ちょこっと本編のまとめ的なものを。ずっと書きかけのまま放置してたんだけど。
最終回あたりの感想があまりにも自分でも特に何もなくアッサリめだったんだけど、本当に何も書くことないんだよね。その時々で思ってたことはその時に書いてるし。正しいかどうかは関係なく、考えることが楽しいんだよw
あと特にキャラへの思い入れってなかったしなあ。でもモモとか侑斗とか好きなキャラはいるけど、なんていうか嫌いなキャラがいないんだよ。終わって楽しかったって思うのは、そういうところもあるのかもね。
それでいつもは自分の書いた物なんか見返さないんですが、公式読本とか読んでて、一応確認しとこうって気になったんで感想を1年分、ざっと目を通してみました。
いいんだけど一昨年の12月の時点で、「1話のサブタイトルが『参上、俺』とかだったら笑う」とか言ってて笑ったよw 多分公式のプレサイトとか見たんだろうけど、オレの頭にあったのは明らかにシャンゼリオンのサブタイ、『ヒーロー、俺?』だと思うけど。
 
電王については最初は話の持っていき方が判らなかったせいもあって展開には文句言ってたんだけど、それでも何となく判らないといいながらも、良太郎のキャラの判らなさは判ってたんだなあ(苦笑)
なんというか良太郎って、同じクラスで席が隣なんだけど、友達にはなりたくない、でも1年間ずっと隣で見ててその頑固なとことか自分を曲げないところが、仲良くなりたいというほど好きではないんだけどその筋の通し方は人として好感が持てる…って感じなんだよね。
良太郎が判らないと電王という物語も判らないんじゃないかなって言うのは最初からあって、それは他の平成ライダーと違って戦うことが「運命」でもなければ、何かを「背負ってる」わけでもないからなんだよね。そういうのは判りやすいじゃん。
最初こそ巻き込まれ型に見えるけどそれは物語の導入だけで実際はそれほどでもなかったし、そういう主人公が変化していく(成長する)ってことが物語を作るという風には見えなかったから、余計に良太郎の何が変わるのか変わらないのかってとこが見えなかったんだよね。そこを物語のポイントにおけば、だけど。
オレは電王とカブトってある意味「対」だと思ってたんだけど、カブトは「自分が変われば世界も変わる」で、それに続く物としては「多重人格者のように変わる主人公」というネタ自体キャッチーだなあと思ったんですが、実は良太郎は最後までブレずに悩まず変わらない主人公だったというオチもなんだか靖子たんにしてやられた感じですね(笑)
その辺、「こういう物だ」ということが判った後で見ると、良太郎の造形はなかなか面白い物があるというか、見返して真価を発揮する小林靖子脚本の神髄と言えばそうなのかも。
侑斗が出てきてから比較対象という意味でも、良太郎自身の頑固さや負けん気が発揮されたって意味でも、主人公である良太郎が格段に判りやすくなったってのもあるけど、それはオレにとって侑斗が判りやすいから逆にそうじゃない良太郎が、そうじゃないってことでキャラを確立するってことでもあって(ややこしいな)、その辺から良太郎の好感度が増すのはそういう訳なんですね。
好感度が増したから好きになるって訳でもないのは、最初から言ってる通り良太郎が好みじゃないからで、それはドラマの面白さとはオレの中では全く別ものなんですね。ただその分客観的に見てたのは、小林脚本の作風にそもそも最初から入れ込まないのは判ってるというのもあって、オレとしてはちょうどいい距離感だったかなーと思います、番組を楽しむという面では。
そう、電王って、オレにとっては「面白い」番組なんじゃなくて、すごく「楽しかった」番組なんだよね。
それはもちろん、侑斗が好みだとかデンライナーのタロスたちの掛け合いがいいとかそういう意味での楽しいでもあるんだけど、自分にとって判らない良太郎がどれだけ判るようになるのかっていう楽しみもあった思うんだ。判らない物が判るようになるのは楽しいだろ?
「面白い」じゃないってのは、なんだかんだ言ってもこれだけライブ感で謎を振りまいといて、最後に何も明かさないままってのはどう考えてもカタルシスには欠けるんだよ。明かされたのは「理由」であって、根本的な「なぜ?」が説明された訳じゃないんだよね。判るようでいまいち筋が通ってない桜井さんと愛理さんの子供がハナで特異点‥‥ってのも、なんじゃそら!って話でしかないし。(絶対筋通ってないよw)
これはカブトと同じようでちょっと違ってて、カブトは「なぜ?」に対して強引にオチを付けてスッキリはさせてくれたところにカタルシスがあったけど、電王はオチを付けないままアッサリと終わることによって「メデタシメデタシ」にしたんだと思うんだよね。どっちがどうとかじゃなく、良しとするかどうかは好みの問題の「As You Like」でと。
そういう感じで自分としては適度に距離感を保ちつつ、それなり楽しんで見てられた(のは何度も言うけど、途中で自分が問題視してたところに何の意味もないと判ったから気楽に見られるようになったからだけど)ってことでは、割と電王好きだったのかも…って感じです。オレ、そういう顔してるだろ?いやたぶん好きなんだよ。あれほど文句言ってたウルトラマンマックスも、終わったあとで振り返るとすごく好きだった‥‥みたいなもので。自分でも理由は判らんのだけど。
侑斗やタロスが面白かったのは言うまでもないことだし、何者だか判らなくてもカイのことは気になるし、それは感想でも何度も言ったからここではあえて言わないけど、見終わって結構満足です。何も謎は解決してないけどさ。
その辺は入れ込んでないから許せるってことでもあると思うんだけど、カブトの時の"キャラが好きだから構わない"っていうのともまた違う(だってすごくキャラ萌えしてるわけでもない)何だか判らないけどお気に入りって感じで、それも何となく「電王」だからなのかなぁと思うんだ(苦笑)
まあ「クライマックス刑事」もあるしね。まだまだ線路は続くのかも。