そこがミソ。-ドラマや特撮感想などを気ままに

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烈車戦隊トッキュウジャー#44「昴ヶ浜へ」

東映http://www.toei.co.jp/tv/toqger/ テレ朝:http://www.tv-asahi.co.jp/tqg/
脚本:小林靖子 監督:渡辺勝也
『俺たちは、ここを目指して旅してたんだから』
 
そろそろクライマックスですね!
でも面白いかと言われたら面白くないんだよね。もうキャッスルターミナルは闇に沈めていいんじゃないのかな?だってそもそもどうして浮上してきたんだっていうね。その「闇」自体もなんなのかわかんないし。
ライトが闇のトッキュウ1号になったけど、闇堕ち…というか闇になるとどうなるの?だって闇の人たちにも何かしらの正しさというか善い行いや心は合ったわけじゃん。グリッタ嬢とかさ。よしんば「闇」の存在の意味そのものは無意味で、とにかく「良く(善く)ないもの」でもいいんだけど、その闇との戦いとしてやってることの意味が何もかもわかんないんだよねー。
ということで一応目的である昴ヶ浜を取り戻せるかどうか、まあ前にも言ったけど闇にのみ込まれてる町は昴ヶ浜が最後じゃないよね。でもきっと昴ヶ浜を取り戻すと他の町も闇から開放されるんだよね。ちまちまシャドー怪人と戦って管理人から町を取り戻すよりはたぶん効率的。
そしてライトたちの町が取り戻せるかどうかってとこでライトに異変がー。
でもライトって最初から何だか得体のしれないところが合ったしなあ。どの辺を闇につけ込まれたのかもわかんないし、それがイマジネーションが強かったからというならそうなんだろうな…としか。光が強いほど影も強いとかそんな感じ?
てかこれライトに非はあったりするの?元々の性格や素養的に闇に取り込まれやすいとかそういうやつ。もしくはゼットになんかした?
キャッスルターミナルが浮上した時は皇帝は眠ってたし、そもそもどうして眠ってたのか。地球の人々が夢や希望を忘れたからじゃないよね?(逆フェナリナーサかよw)いやむしろもうみんなが平和ぼけしていい人しかいなくなったからシャドーの人たちは闇が減って活動しにくくなったから現実世界に進行してきたとかでもいいよ。その取っ掛かりが闇とは逆のライトの光り輝くイマジネーションだったーとかでも。
あとシャドー怪人がなんかよくわかんないのは、烈車しばりとか鉄道設定なのは置いとくとしてもあの人たちって普通に生活してたんだよね、どっかで。闇に沈んだ町を管理して闇を吸い取ってるってのもそうだろうけど。ザラムもあの白じゃないとこでふらふらしてたわけだし他の怪人のやけに生活感溢れる性格を見てるとなんかあのキャッスルターミナルとそぐわないしなあ。
というかこれ闇にのまれた町は結局どれくらいあって現実世界としてはどうなってたんだっけ?駅名というか町の名前が変わってシャドーに支配されてたけど、それ遺体は闇を採取するためだよね。シャドータウンに取り込まれた町とは何が違ったんだっけ?(よくわかってない)
とにかく闇と光の定義があまりにあやふやで何がいいのか悪いのかもわかりません。むしろ皇帝ってなんか悪いことしたっけ?人を傷つけても自分の欲望を満たしたいっていうならそれは人間だって同じことだと思うけど。
仮にライトたちが「本当は子供」なことが重要、子供の純粋なイマジネーションや気持ちが大事云々〜とかいう話なら、VS映画みたいなネタをTV本編でもやっとくべきだったと思うよ?
というか結局「すでに死んでるも同然」とか「一度闇にのまれた」ってどういうことだったの?大体ライトたちを大人にしたのは総裁だよねえ。シャドー関係なくない?
ストーリー自体はちゃんと面白くなってもいいようなネタだっただけに、結果としていろいろ中途半端だったねえ…(まだ終わってない)
あとグリッタちゃんは結局あの姿のままなの?てっきり脱皮とか変体とかすると思ってたのになあ。ラジレンジャーでも言ってたよ?

予告。
え、結局最後は子供に戻るの?まあ戻れないと困るよねえ。レインボーラインの総裁は無責任すぎるよ?