そこがミソ。-ドラマや特撮感想などを気ままに

ブログ、感想は見た日の分にアップしたいので過去ログがいきなり埋まってることもあるってよ。

花燃ゆ#17〜25

http://www.nhk.or.jp/hanamoyu/
脚本:宮村優子 演出:渡邊良雄
 
#17「松陰、最期の言葉」
#18「龍馬!登場」
#19「女たち、手を組む」
#20「松陰、復活」
#21「決行の日」
#22「妻と奇兵隊
#23「夫の告白」
#24「母になるために」
#25「風になる友」
 
うっかり2ヶ月も溜めてました ('A`)
せめて松陰先生の最後くらいは感想書いとこうと思ってたまま2ヶ月…
まあ溜めてた分は全体にながらで見てるんでちゃんと頭に入ってるかどうかわかんないんだけど、先生の最後と稔麿さんの最後はちゃんと見ましたよ。てことでざっくり感想。でも全体的にはなんかよくわかんないって感じー。
長州藩の中のことはともかく、日本全体がどうなってるのかよくわからんのよね。かといって村塾の人らの動向も全部じゃないけど文の目線だし。誰が今なぜそこにいるのか、皆さんやたら萩↔京の移動が多いだけにその辺もわかりづらいし。
女台場はまさかの展開というか、台場作りを手伝うなら禁止されてた絹の着物を着ても良いって、お気に入りの上等な着物が泥まみれになってもオシャレしたいという女心は一体 ('A`) 着物を借りに来られた椋梨殿の奥方もいい迷惑なのでは?つーか、八重の桜の会津の実践的戦闘女子たちのことを思うに「こいつら何やってんの?」としか思えなかったというか ('A`)
武家の女を駆り出すくらいなら普通に農民とか使役すればいいのにと思ったけど、そっちは騎兵隊に行ってるってことだっけ。
高杉さんの奥方はあの強気なところはなかなかかわいらしいと思います。(黒島結名がということだけでなくな)
この大河の龍馬さんは伊原剛志でこれはこれでよい龍馬さんでした。ただ「出ただけ」よね?このあと何かの伏線とかになるの?ならないよね。そして文が主人公だからだろうけど玄瑞の浮気告白いるか?って思った。そういう女子目線のエピソードを2週にわたって引っ張って時間を割くくらいなら別のもっと大事なことあるだろと。
養子もそれで何を描きたいのか、家族の結束ってこと?そういやなんで実子は出来ないのかなあ?そして寿ねーちゃんいつの間にいい人になった?
京では長州の人たちが不当な扱い受けてるようで、京から追放されたり京都大火のデマを流されたり(ホントにデマなの?)、とうとう池田屋ですよ。ただこの流れで長州にとっての池田屋の扱いがよくわかりませんでした。稔麿さんはどうして死ななきゃいけなかったのか。
寅次郎を見捨てたからには表立たずに、友のための見えない風でいたいという稔麿さんの気持ちや大変良くわかったんだけど (´Д⊂ヽ
 
というか、なんか思うんだけどやっぱり今回の大河の企画ってちょっと失敗してないかなあ。激しく今さらですが。
脚本のせいにしていいのかどうか分かんないけど、画面の中で起こってることは流れとして理解出来るるんだけどそれがこの時代においてどういうことでどういう意味があってそうしているのかってのがまったくわかんないのよね。八重の桜の時はまだちゃんとわかったんだけど(と言うと脚本のせいになるけど)
まあ基本的には若者たちの激しい「国を変えたい」という行動を通じて散っていった志を描きたい、それは正しいという描き方をしたいんだろうけど、ちょっとむずかしい感じ?長州藩としても上層部は村塾生たちの行動はアンチ幕府で認められんのだし、それでなくても視聴者的にはやってることはテロリストなわけだし。(長州にしても新選組にしても志はそれぞれあるんだろうけどやってることはテロリストよねえ)
あと登場人物がそれぞれにどれほどの価値があってどういう働きをしたのかもよくわかんないというか。全部長州内のやりとりだけで終始してるから将来的に日本を動かすってもト書きで説明されてないと誰が何者なんだか。もういっそのこと全部天皇の料理番みたいにナレーションでいってくれればいいのにw(例:伊藤利助は伊藤博文だし彼を留学に誘った井上多聞さんはちゃんと井上馨っていってくれないとなあ)(あと長州ファイブはどうしたのー?)

だから番組として長州の若者たちを引っ張った松下村塾の塾生たちを描くということで、そこで吉田松陰の妹であり久坂玄瑞の妻である文をヒロインにするというのはいいんだよ。でもこの時代に日本を変えた?若者たちを、家族の視点から見て肯定するっていう話だとちょっと微妙というか。
ながらで見てるからかなりざっくりだけど、今まで寅次郎以下松下村塾の若者って、そもそも寅次郎が途中からテロリストなことになってたわけで、弟子たちにしてもいろんな思想はあるけど良かったかどうかってもの微妙って話よね(どころか吉田松陰は劇中で何気に描写されたけど、日本の第二次大戦まで続く拡大政策を方向づけた大本だし)
互いに教え学ぶという村塾の方針を、幕府が現状ままならんからといって過激な尊王攘夷思想に走ったあげく爆弾作りだの大老の暗殺未遂計画だのしたから藩に処罰されたわけで。その上弟子たちは幕府を正すために天皇をさらったり(このドラマ的には逃れたってことですが)偉人の館を焼き討ちしたり勝手に外国と戦って結局負けたりだのしてるわけで。
池田屋事件あたりで稔麿さんが京都大火計画のことを「志ある長州男児はそんな卑怯なことはしない!」って言ってたけど、そんなことやってる人たちが京都に火をつけるかもという噂流されてもそりゃ仕方ないとしか。史実的には新選組が未然に防いだってことだけど、長州側から見てるからそりゃ京都大火は長州じゃないというしかないだろってだけの話よね。なんかそうじゃないっていう根拠ってあったっけ。どう考えても肯定できないよね?
つまるところ村塾の若者たちはみんな己の正義を信じて倒幕に突っ走ってるわけだけど、それって幕藩体制の社会から考えたら正しいとは言い切れないし、そもそも家族たちはみんなそういう保守的な考え方だけど、でも「家族のことだから」で肯定してるってだけじゃん?
そもそも八重の桜の時も佐幕の会津側から見て長州のこの尖鋭的な若者たちはただのテロリストだったけど、ここまでの長州の描写はやっぱりテロリストとしか言いようないよね。その彼らのやってることを彼らの家族の目線から見て応援しますっても、そのやってることを肯定するのは難しいと思うのよ。そりゃ家族の絆は大事だけど。
だから少なくともドラマ自体が危ない正義にひた走る村塾の若者たちの目線で話が展開されていってれば、そんな間違った正義も彼らとしての正義であり、その「志」は尊いしそのために命を落とす、その結果としての倒幕で維新で明治政府だってもドラマとしては納得できるはずだろうと思うんだけど、「家族だから」ってだけで社会にとっても藩から見てもテロ行為をしてる人たちのことを、それでも信じて応援しますってことに視聴者が共感できるとも思えんのだ。そこが一番ドラマとして間違ってない?
なんでこのドラマ、吉田寅次郎久坂玄瑞高杉晋作伊藤博文…という村塾メンバーのリレー主人公形式にしなかったのかなあ。
あと村塾生たちが奔走してる中、村塾出身の高杉や伊藤らは海外留学に行ってるわけで、そこも普通に考えて「?」と思うのですよ。もちろん高杉さんのいう敵と戦うために敵を知るってのは当たり前だけど、久坂はそれを理解せずに攘夷っていってたわけだし。
というか池田屋事件の時点で久坂玄瑞がミスして萩に戻ってるのが何してんだろうというか。(オレがよくわかってない)
まあながらでちゃんと見てない、というかそこそこちゃんと見ててもよくわからないにしてもやっぱり脚本のせい…としか言いようがないのかなあ。セリフも陳腐すぎるし。
ただでさえ面倒くさくて難しい時代の、しかも一番主義主張思想が入り混じってて良くわからない長州の話をやるのに、どうして女性ヒロイン目線で歴史物が得意でもない女性脚本家二人体制でやらなきゃいけなかったのか。せめて「八重の桜」の前半レベルを期待したかったよ?(後半はともかく)
全部は見てないけど公式サイトであれだけ解説を付けても読みきれないし、本来それってドラマ内でやることじゃないのかなあとしか。何のための大河ドラマなのか?少なくとも「花燃ゆ」見てて「龍馬伝」や「八重の桜」の同じ事件のシーンを補完的に思い出す状態はドラマとしてどうかと思うわー。

あとはまあ自分メモとしてだけど、もしこのドラマを最後まで見るんなら、オレは新選組会津・土佐の動向をまとめた年表を作ったほうがいいかもしれんと思い始めたよ。(薩摩は大河になってないので把握外)むしろ脚本家が年表作れ。
どう考えてもこのドラマ見てるだけじゃ当時の歴史上の人たちの行動も把握できないし、今日本国内がどう動いてるのかもまったくわかりません。アバンであらすじ語ってもな。
てことでそろそろ久坂さんもお亡くなりになるんじゃないかと思うんだけど、7月からの文の大奥編ってどんな展開なの?それ面白いの?だってそれって長州の尊皇攘夷の話からは離れていくんだよねえ…?
そもそも今年の大河は杉文がヒロインといっても、大抵の人は文の話じゃなく文が見た村塾の人々だと思ってるんじゃね?オレもそうだったけど?