そこがミソ。-ドラマや特撮感想などを気ままに

ブログ、感想は見た日の分にアップしたいので過去ログがいきなり埋まってることもあるってよ。

キングコング

見ました。としまえんで見たのはやはりお膝元ユナイテッドシネマの方がいいかなあと思ったんですが夕方の回は何とか大きな箱で観られました。(あとは小さかった…でもシネコンだからスクリーン自体は変わらないのかな)
3時間20分、意外と長くは感じなかったのは話が単純だからかな。そういう意味では映像を見る映画だったような。あ、オイラはオリジナルのコングもリメイクも見てないです。(年末に深夜枠でやってたけど忙しくて見そこねた)
話にはイマイチ乗れないんだけど、骸骨島のパートは異常に面白かったなー。島に入るところから原住民とか生贄の儀式とか恐竜とか、ハイテンション過ぎ。

一応kasindouさんに感想をといわれてオススメされてた(http://d.hatena.ne.jp/kasindou/20051220)映画なんですが、キングコングには大して興味ないとはいいながら、やっぱ見といてよかったです。感想に差があるのは思い入れと男女の差なのかな?


見終わって思ったのは、何つーか男ドリームな感じ?骸骨島は古代遺跡と前世紀の生物達、原住民の謎の儀式…ってのは別の意味でオタクの夢。
ビルの上で暴れてるコングのとこにアンがやって来るところはちょっと泣きそうになったけど、とにかく何でアンがコングのことを好きになるのかよく判らんよ。と、家人に感想を聞かれたんでそういったら、間違ってると言われた。そうかな?一体この映画はラブロマンスなの?怪獣映画なの?でも殆どの人はキングコングを見にいくんだ、とオリジナルを見てない家人に言われても。男ドリームって言い過ぎかい?
そんな前置きで以下感想。


映画としてツッコミどころは有りすぎるんだけど、一応真面目にありきたりなこと言ってみる。
ひとつは、島パートのコングのアンに対する態度ってどう見ても小学校低学年男児のそれで、生贄に捧げられてさらってきた人間を面白いオモチャとして見てるだけなんだよね。多分飽きたら子供が人形をバラバラにするように壊して終わりだと思う。実際今までの生贄の死体がバラバラだったし。
だからコングに対するアンの愛情は運命かと言われると実は何で?って感じでよく判らんのですよ。映画としてそれを示唆するところは随所に有るんだけど、それゆえ強引というか、理由がないから単なる勘違いにしか見えないんだけどね。どの辺が心が通じ合ったんだ?
アンは憧れの有名劇作家ジャックと出来ちゃったにも関わらず、なぜかコングの方に運命を感じてしまう、その辺がちゃんとした大人の男性よりも子供な自分を選んだ、そういう「子供な自分」を何も言わずに受け入れてくれる「お母さん的存在」な女性との関係を描いた映画…ということで男ドリームだなあと思ったわけですよ。
それとももしかして、コングってツンデレ?島で恐竜と戦って勝ちどきを挙げたりしてるからどちらかというとアンを守るというより自分の強さを誇示してるふうなんだけど、そういう男らしいとこと自分を庇護する繊細さにアンは魅かれてったってこと?NYでアンを見つけてセントラル・パークのスケートリンクで遊ぶとこは子供そのままだし。コング、ツンデレなのか…。
とそう思ったんだけど家人が言うには「怪獣映画なんだから」と。元の話がそうだからそれでいいってこと?そういう見方をする映画じゃないのかい?
でもスカウトされたときのカールとの会話とか、二枚目俳優ブルースとの演技プランの話ではそういうふうに(恋というワケじゃないかもしれないけど、それは運命の出会いなんだというふうに)持っていってる様な気がしたんだけどなあ。


もうひとつは、白人文化圏の人間の自然に対する畏敬の念のなさに腹が立つというか、ムカつくね。日頃からなんでアメリカ白人は未開の土地にずかずか入っていくんだろうと思ってんですが(普通はそういうのって本能的恐怖があると思うんだが)この映画は特にそれが強く出てたと思う。ワザとだと思うけど。
映画プロデューサーのカールが原住民の子供にチョコを与えようとするところは気分悪くなったね。後半、NYで見せ物にされてるコングを可哀想だと思うのもそれで、禁忌の島から勝手に連れてきといて見せ物にして、コントロールできると思っていたのにそれが出来ないとなるとあとは空軍に攻撃させるだけ…というカールに腹が立つよ。
ただこの映画ではカールのやったことは少なくとも彼の利益とかではなく、もっと純粋な何かに動かされてるというふうに見えるからまだ許せるんだけど。フィルムがダメになったときにキレたのかなあ。
それもあって最後のカールのセリフ『美女が野獣を殺したんだ』はちょっとそぐわなかったというか、さいごに「え?」と思った。オリジナルのコングにあったセリフらしいが、この映画のテーマとはちょっとズレてると思う。コングを殺したのはアンではなくて、コングを見に劇場に来てる着飾った紳士淑女だと思うから。あそこも結構気分悪いシーンですね。実際のコングを知ってるジャックが、危険を感じて観客に避難を呼びかけてるのに、自分の席だといって動こうとしない紳士がまたそれを何気に強調してるし。
島パートではコングは悪役だったけど、NYパートの捕らわれのコングは同情されるべき存在になってるってことで、あの見せ物シーンからラストまで上手い具合にコングに感情移入出来るようになってるようです。


あとNYに戻ってきてからの生き残りの人たちの微妙な関係性が、ちょっとリアルだなあと思ったり。いいけどコングを追いかけていくジャックは何のためにいたのか?最後にアンを抱きしめるためだけか?(別に助けてもいないぞ)
そういう人間関係は何か細かかったような。キャスティングはいいね。
カールにジャック・ブラックスクール・オブ・ロックしか見てないけど)なのは上手いっつーか、純粋さと狂気の紙一重な感じがいいよ。
アンのナオミ・ワッツは見てると1930年代というよりは現代女性に見えるけど、カワイイからイイか。あんな薄物でサバイバルしてる割にはセクシーというより健康的なお色気って気もする。男性が見ると違うのかな?
劇作家ジャック・ドリスコルはエイドリアン・ブロディ。見てる間名前が思い出せなくて戦場のピアニストの人〜と思いながら見てたけど、あの人の佇まいとかルックスは母性本能くすぐる(有り体にいって可愛いとか受っぽいとか)感じでイイね。その割に体がスゴイんだけど(笑)船で無意味に脱いで肉体美を見せてたのは、島でサバイバルすることを違和感なくすための伏線かと勘ぐってみたり。あんなムキムキな作家いないよー(笑)あと部屋がなくて動物の檻の中でタイプライター打ってるのとか、萌えた(笑)
話の中心はコングとアンなんだけど、周りのキャラ造形が全員通り一遍じゃないのが説得力あるというか面白かったね。
特にベンチャー号の乗組員。NYパートでは全く出てこないんだけど、それもまた妙に納得するというか。(家人は逆にそこが納得できなかったらしい)
船長の怪しさは最初何事かと思ったが、船員がみんなキャラ立ってるんだよね。惜しげもなく殺しちゃったのが勿体ない。ヘイズとかジミーとかエピソード的には余分なんだけど、あの船だけでスピンオフの話が出来るよ。


ツッコミどころは、とにかくみんな普通なら死んでますよ。原住民マジで怖すぎ。結局何であの原住民はあの島を守ってんだ?判んないけど船長達は禁忌っぽく扱ってたし(船乗りだからか?)そういうモノなのか。
アンが生贄で連れ去られちゃって、そのあと助けに行くんだけど恐竜暴走シーンは笑ったね。あのシーンをあんなに延々やるか?つーかあそこで全滅してても不思議じゃないし。結構ハラハラしたよ、誰が死ぬんだろうと思って。
この状態でアンを見捨てても仕方ないし感情的にアンを助けに行く理由があるのはジャックだけといってもいいんだけど、みんな付き合いいいよね。航海中のみんなが打ち解けて楽しそうなカットがなかったら何故?と思うとこだが、さすがソツがないね、ピーター・ジャクソン監督。
いいけど恐竜たちは人間なんか食っても腹の足しにならんから見逃して欲しいよ。虫に食われるのはヤだけどさ。しかしあの島どういう島さ。もしかして古代の文明が作り出したなんかの実験場だったとか?生態系がおかしすぎるよ。妙に知能高いし。
カールもコングじゃなくて恐竜の一匹でも連れ帰ったほうがよくなかったか?でもそれじゃジュラシックパークか。谷底の3人を助けに来た船長カッコよすぎる!てゆーかあの3人だけ生き残るのは有り得ない。しかも無傷かよ。
しかしさ、さらわれたアンを助けるためにみんな命を落としてるのに、カールが逆切れしてコングを生捕りにしようとすると、肝心のアンが止めてーって、みんな誰のために死んだと思ってるんだ?やっぱ死んだものと思って心に留めといたほうがよくなかったか?生死が判らないあの状況だとブルースは正しいと思うぞ。


画面的にはVFXはスゴイとこまで来てるね。特にいう必要ないくらい。でも30年代のNYは丸々作ったと思うんだけど、明らかに違うって判るのは電車(の高架)と車くらいかな。タイムズスクエアは昔の街並みだったけど、マンハッタンって今でもミッドタウンあたりは意外とあんな感じだし昔風のダイナーも結構あるから、日本人から見たらどう違うのかよく判らん。単にロケが出来ないから作っただけかな。「オールウェイズ」だとこんな街並みはないってのが判るからVFXスゴイなーと思うんだけどさ。
島の恐竜対コングはもう何を言っていいのやら。よく考えなくてもスゴイことやってるよな。CG同士で格闘だよ。カメラも回るし地面も回るよ。つか、普通アンは死んでるって、あの状況じゃ。
オールVFXの画面になると全ピンになっちゃうのは技術的な問題か、監督の好みなのか。カメラで撮影するときに画面全部にピントが合うってことは有り得ないんで、ちょっと作り物めいて見えるのが残念。CGアニマル自体はすごくリアルなんだけどね。いちいち皮の下で筋肉が動いてるとこまで描写するこたないよ。でもやっぱり奥行きがある構図のときに恐竜全体にピントが合ってると作り物っぽいんだよね。悪くはないけど。てことでCG画面は人だけのカットとの差をちょっと感じるかな。
ラストのコングがビルに登ってるとこのマンハッタンの空撮も今だといわれたら今のような気がするし。多分ビルが何本か足りないくらいか?あ、ビルの上でコングとアンが朝焼けを迎えるとことは島でコングが夕日をバックに崖の上にいるとことダブらせてて、ちょっとよかったですね。
とにかくVFX関係は現時点で最高峰といってもいい出来じゃないかと。本当にリアルである必要性はないんだよね。パンフはまだざっと目を通しただけだけど監督の頭の中にあるものをそれらしく描写してるだけらしいし、それは要するに監督の持ってる世界観がリアリティを持っているということなんでしょう。
そこがクリエイションの本質なのかも。
ちょっと難点はスロー映像が多くて何のための演出なのがよく判らん。リドリー・スコットのブラック・ホーク・ダウンみたいな効果を狙ったのか?よく判らんが。


とまあ、意外と長く書いちゃったけどこんなもんで。でもどっちかというとこんなことを考えないで、キングコングだけを楽しむ映画なのかなー?キングコング好き以外の人って見に行くんだろか。水曜なのに女性がいないってのがそういうことなのかも。まあこの時期だし。