そこがミソ。-ドラマや特撮感想などを気ままに

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加賀美は何を映すのか

16話の考察「天道はツンデレじゃないかも?」(あと「ワームが許されないわけ」もね)で天道のことを考えて彼の行動原理がちょっとだけ判ったから、オマケのように加賀美のことも考えてみた。まあネタバレもしてることだし、今のうちにね。
ちょっと引っ掛かってたのは10話のザビーを辞めた加賀美が、次の回でそれを友情だと勘違いした辺り。いくら何でも脚本家が変わったくらいで作品としてキャラの本質まで変わるはずがあってはならんし、その持っていき方が妙に引っ掛かってたんで今更ですがちゃんと考えてみたよ。

加賀美が掴んだもの

10話で天道は加賀美に対してザビーであることを望んでますね。これはどういうことかというと加賀美がZECTに入った理由が「ワームを倒すこと」であると知ってるからで、ワームを倒すことが出来る力、即ちザビーの力を手に入れたのは加賀美にとっては当初の目的に適ったことだからですね。
しかしザビーはZECTの命令でカブトと戦わなければいけない。カブト=天道と戦いたくない加賀美は当然悩むわけですが、天道からしたら命令に従うのは加賀美の目的の手段であるザビーの力のためには当たり前のことと映るわけです。だから加賀美がそれで悩む必要はないと考える。ザビーであり続けるためには、ZECTの命令に従えばいいだけだと。
かたや、天道と友達だと一方的に思っている加賀美からしたら、いくらZECTの命令とはいえ天道と戦うことは出来ない。つまり友情を盾に戦いを回避しようとするわけです。しかし戦わないということは組織の命令に背くことで、そうするとザビーの力は加賀美から取り上げられても仕方ない。(しかも姑息なことに天道が加賀美の前に現われなければ自分も天道もライダーでいられるとか考えるわけですね、加賀美は)
これは天道からしたら折角ワームと戦う力を手に入れたのに、友情などという現実を誤魔化すような理屈を持ちだして力を放棄しようとする加賀美にはガッカリ、つまり見込み違いだった思わされたと思うのですね。
だから加賀美をけしかけて組織の命令を遂行させようとした。もちろん天道は加賀美には負けるはずがないという前提で。(カブトとザビーのスペックが変わらないのなら、当然生身で強い天道のほうが勝つに決まってるから)
加賀美は天道と本気で戦い、その本気の一撃を天道に止められた、止めを刺すどころかその時点でもう勝敗は決してるわけです。
『俺はもっと大事なものを掴んだ』と言ったのは、加賀美はカブトに負けても何かを悟ったからザビーを辞めた…はずなんですよね。


これは天道と加賀美の性格から考えた推測なのですが、このシーンの意味って次のようなことが考えられるのでは…と思ったのですね。
天道はワームを倒すことが使命なのでライダー同士で戦うことは無意味だと思っている。加賀美ザビーがカブトに向かってきたのは組織に属したものの使命としてやるべきことに気がついたからで、それは正しい。
カブトに負けた加賀美がザビーを手放したのは、組織に属する以上カブトと戦わなければならない、しかしライダー同士の戦いはワームとの戦いに不必要だ、その無意味さに気がついたからザビーであることを辞めた…と天道は加賀美の行動を解釈した。そしてそれも正しい行動であると天道は思っていたから、後ろも見ずに去って行った。加賀美がライダーを辞めても目的を見失わないかぎり加賀美には加賀美なりの戦い方があるはずだ、それを探せと。
ところが加賀美自身は、自分がザビーを辞めたのはカブトと戦いたくなかったから、天道との友情を取ったからだと間違った勘違いをしてしまったんですね。ライダーを辞めたことで本来の目的を見失ってしまったんですよ。
だから次の話で「自分は天道との友情のためにザビーを捨てたんだ」という陶酔型勘違いに発展し、友情とは一人では成り立たないものゆえ天道にもその友情を押し付けようとしたと。天道は加賀美の勘違いに気がついて内心ため息物に呆れたはずだと思うのですが、仕方ないから加賀美にZECTに入ったわけを問い直してやる。なんて親切な天道様。
結局加賀美は自分はワームを倒すためにZECTに入ったのであって、誰かが倒してくれればそれでいいわけではなかったことに気がついた。そしてそれは天道との関係性からいうと、天道がいう通り天道と加賀美は友達ではなく、「ワームを倒す」という同じ使命を持った「同志」であり「仲間」であるってことですよね。ライバルでもなく友達でもない、競い合う必要もいたわりあう必要もない同じ方向を向いた者同士であると。そこで加賀美はやっと気がついたわけですよ、自分が天道にとって何なのかということに。天道様はいつも正しいということですね。
天道が鯖味噌パーティをやれと言ったのは、加賀美が天道に勝てないのは当たり前だから、負けてもなんら恥じることなくザビーでいろってことかな?天道からしたらザビーがワームを倒せばよし、自分に向かってくるならまた叩きのめすだけ…くらいに思ってたとか?
ちょっと微妙に苦しいような気もするけど、こう考えたら自分の中ではあの一連の加賀美勘違いと天道の対応はスッキリするような気がします。

加賀美の涙のわけ

あと14〜16話、影山に囮にされて殺されかけた加賀美の取った行動。天道側の解釈はもうやったんで加賀美の方から。
ここで加賀美が泣いたわけ、あの本編の描写だけじゃ実はよく判らなくていろんな解釈があると思いますが、単純に囮にされて殺されかけた、自分はいくらでも換えのきく存在なんだと思わされ、悔しかったから涙した…というのが一番妥当なのかなと思います。
なぜなら加賀美は何かあったときに意外とまず自分に向かうタイプみたいなんですね。3話でカブトエクステンダーを持っていかれた責任を岬さんに問われてバイト代で弁償しますといったり、弟がワームだったと知ったときに、とにかく自分で弟ワームを倒すから手を出すなといったり、自分にとって不利な状況であってもそれを誰かのせいにしたり自分の責任を放棄したりはしないキャラとして描かれています。
ということは、自分が不要な人間だと思われたのならそれは自分の責任だ、だから自分が必要な人間であるということを自ら証明しなくてはいけないと思った…んではないかなあと。だからあれは自分の不甲斐なさに対する悔し涙かなと。
その決意としてZECTに休職届けを出して自分の力でワームの事件を調べようと思った。ZECTの資料を使ったり、結局岬さんに手伝ってもらってるのは無自覚の行動だと思うんだけど、そこは加賀美の加賀美たる所以か(笑)
だからこの時点での加賀美の目的はワームを倒すというよりはワーム事件を調べることであり、それによって自分が組織という後ろ盾がなくてもそれなりの成果を上げられる役に立つ人間だということを証明するためのものだったわけですね。
まあ結局一人でやるとはいったものの、擬態したワームが複数体いたことから岬と風間の協力を得たのは仕方ないことかと思うし、成虫ワームを天道が倒したとも知らずはしゃぐ姿はノーテンキそのもの。でもこれはザビーに変身出来たことで鯖味噌パーティをやるといって浮かれるほどのキャラなら、まあ仕方ないのかも。自分の武勇伝を繰り返し聞かせるのもそれと同じで、もともとの加賀美の性格だから仕方ないのかな。性格と人間性は違うしさ。


もしここで、16話で天道がやったことを加賀美が知ったとしてどうするか?
当然加賀美は自分の力じゃなかったことにへこむと思うのですが、ワームの特性を考えたら天道の行動が正しかったというのは判るはずだし、それを理解しなければいけないと思うんですね。ちょっと逆説的になりますが、でなければ天道が加賀美を見込んだ意味がないわけです。
正しいことを理解して、もし自分の力が及んでないと判ればそれを補うべく自分を高められる人間じゃないと天道とは釣り合わないんですね。(水嶋くんは加賀美に対して最終的には自分と競い合う関係になって欲しいと思ってるとか、自分と同じ場所に上って来ることを望んでるらしい。手助けはしないらしいけど>hm3 MEN'S SPECIAL)

生まれ変わる加賀美?

加賀美の性格としては、基本的には後先考えずにワームに向かっていく人ですよね。
2話で天道が加賀美に対して言った「自分を犠牲にしても〜戦士には向かないタイプだな」は天道から見ると心意気は買うけどやり方は間違ってる、と言いたかったんじゃないかと思います。自分を犠牲にしても何かを成し遂げるということは、単純に向こう見ずで計画性がないということにもなりかねない。ましてや自分を犠牲にしては意味がない。天道の「二兎を追う者は二兎とも取れ」は理想論であるけど心構えとしては正しいわけです。でもこれは考え方の違いではなく単純に能力の問題かなとも取れるんですね。加賀美に二兎取る能力があればいいだけで、自ら立ち向かっていくという考え方自体は問題ないと。そういう意味では加賀美は天道に通じる何かはあったのかも。
よく加賀美は天道=太陽との対比で加賀美=鏡って言われてますが、これは天道=太陽の光が当たって反射して光ったのが鏡=加賀美なのかなあと。要するに天道だからこそ気がついた光であって、それによって加賀美は新しく生まれ変わっていくんでしょうか。まさにOPの歌詞だよな。「君の隣 戦うたび生まれ変わる〜♪」って感じ。
名前についてはちょっとネタバレ含んでるから下のネタバレ話で。


太陽の光で輝くことによって新しく生まれ変わる、それが「加賀美新」という人間なのかも…って加賀美のクセに綺麗に決まりすぎだな。



以下ちょっと加賀美の今後の展開についてのネタバレなので隠します。ネタバレ前提の考察なので。


今のうちに言っとく

今月の特ニューの記事にはガタックの資格者について、他の被験者だと命を落としかねない…という説明がありましたが、それは加賀美がガタックの資格者だとすれば、そのまま受け取るなら加賀美じゃなければ耐えられないってことなんでしょうか?加賀美には特別な何かがあったってこと?
そもそも1話で田所さんは加賀美に変身を許してるけど、誰でも変身出来るわけじゃないよね、カブトって。あと陸パパの意味深な言葉も結構気になるし、ザビーに変身出来たことを考えると、もともと加賀美は資格者としての条件はあったのかなあ?
しかもガタックってZECTにとって重要なポジションのライダーらしいんだけど、これはザビーのときよりも有無を言わせず組織のために戦わなければいけないということですよねー?もちろんZECTガタックにカブト抹殺の使命を与えなければ全く問題ないのですが。
とすると、それよりも装着者に危険を及ぼしてまでガタックに変身することを天道がどう思うのか?と言うのがちょっと気になります。
本当に変身することが命の危険があるというのなら果たして天道がそんな自己犠牲的なことを許すのか?これは加賀美はいいかもしれないけど、天道のポリシーには反することだと思うからその辺で(記事の感じからは)ガタックと敵対はなさそうだけど、仲間として戦うにしてもガタックに対してどう接するつもりなのかなと。この辺は見てみないことには判りませんが。
でもネタバレの早さを考えると、加賀美がライダーになること自体よりその経緯とか理由とかのほうが重要そうなので、見てのお楽しみというところでしょうか。久しぶりに米村さんが戻ってくるし、どんなドラマが用意されてるのか非常に楽しみですね。


あとこれもネタバレになっちゃうからこっちに。
そういや名前に関してはあまりちゃんと考えてなかったんですが、加賀美は今までのキャラでいうとポジション的には月、でも3人主人公のうち天道とひよりが太陽で加賀美だけ月ってことはないと思うし、岬さんが佑月で月が入ってて、今天道と加賀美のサポートに回ってるから裏方ってことでいいのかなと思うと、やっぱりあの3人は太陽をイメージしてるんですよね。
鏡は古代でいうと銅鏡などのことで、太陽信仰から日輪を象徴するものとして祭祀などで使われていたということからも太陽と同じものだということが出来ます。
加賀美の「鏡」が太陽を模したものだとすれば、ガタックのシステム(つーか見た目)がカブトと相似してるというのは興味深いですね。