そこがミソ。-ドラマや特撮感想などを気ままに

ブログ、感想は見た日の分にアップしたいので過去ログがいきなり埋まってることもあるってよ。

太陽の王子

ここんとこどうもカブト本編で天道様のことをスルー気味なのは、微妙に今のカブト本編における天道様のポジションがピンとこないからです。誤解しないで欲しいのは、だからイヤってわけじゃなくそんな天道様も当然好きなんですが、何でピンとこないのかということをちょっと考えてみました。
こないだ脚本家語りで米村さんと井上さんの違いをざっと語ったんだけど、判りやすくするために大まかなところでその様式に当て嵌めます。
オイラはもともと米村天道の方が好きなんですが、だからといって弱みを見せる井上天道がダメなわけではないし、むしろキャラとしては好ましいんですが、その辺も理解したうえで敢えて違うってことでね。もちろんそういう違いがあまり感じられないというんであっても、それはそれでいいのではと思うし。あくまで米村天道だから好きになったというオレ目線の定義づけですので。
 
米村さんの天道は基本自分のやるべきことは自分で解決して、努力によって俺様を保ってる孤高の天の道を往く人ですね。
井上さんの天道はとにかく自称俺様、人から見て何でも出来る俺様だけど時々普通の人のように弱気なところも見せる親しみやすいところもある俺様。隣の俺様くんって感じ。
この違いはどういう違いかというと、米村さんの天道が一国の真っ当な王子であるのに対して、井上さんの天道は学園の王子様…というくらいの違いかなあと。
一国の王子であるからには、自らを厳しく律し、生まれながらに高い精神性と常に人々のことを考えた博愛精神を持ち、誰からもその立場を侵害されることない生まれながらの高貴な人。もちろんノブレスオブリージュにしたがって義務と責任を果たすことの出来る人。基本人前で弱みを見せることも取り乱すこともあってはならない、常に超然とした公正で公平な人です。(スマン、ちょっと酔ってるよw)
一方学園の王子様はみんなの人気者で憧れの対象、届くか届かないかの位置にいながら同じ学生である以上当然自分たちと同じ存在であります。時々弱みを見せたりドジなところを見せてくれると、親しみやすいという付加価値が付いてますます人気が出ます。全く手の届かない存在というよりは、自分たちと同じ存在であるということがより重要って感じですね。
当然、多くの人は手の届きそうな自分たちと同じところもある親しみやすい王子様の方が好きです。そういう意味で、夏以降の今の天道様がじんわりと人気なのは判るんですよ。
でもそれはオレの求める天道様じゃないんだ!学園の王子様じゃなくて一国の王子が好きなんだよ。
 
そもそも演じてる水嶋くんは米村さんの天道で役を理解してるはずなんですね。途中、井上天道でかなり戸惑ったという話はいろいろ表に出てきてますが、ホントそんな感じの、戸惑いつつ天道を崩すことに苦心してるって感じるのはオレの気のせい?ってわけじゃないよなあ。
水嶋くんの苦労は、一国の王子が学園の王子様を演じなければならない苦労と苦悩だと思うんですね。
一国の王子であればその人柄が人々に知られるにつれ、ほっといても自然と滲み出る表と裏のギャップ、有体にいえばちょっと天然入ってるといってもいい裏の面、しかもそこに自分では気がついていないからこその客観的に見たおかしさ…というのが本来の米村天道の崩れた部分だと思うのです。
それをスクラッチにムキになってみたり、金持ちの坊っちゃんとどちらが優れているかを競ってみたり、妙なシチュエーションで料理対決をしてみたりなどなど。これらはなぜ米村天道好きの人間からみて違和感があるように思うかといえば、あえて天道が、というか水嶋くんがちょっとズレた俺様を演じているように見える違和感なんですよ。(誤解しないでいただきたいんですが、水嶋くんの演技力の問題ではなく、キャラ解釈の問題ですね)
 
※以下ちょっとスゲー勘違いをしてたんで訂正します。ていうか訂正じゃわけ判んないので、ちょっと書き直しました。ご容赦。見てたときはちゃんと判ってたんですけどねー…(苦笑)
なぜそういうことを思うかといえば、天道総司のあるべき自然な崩れっぷりを見たーと思ったからです。
39話、井上脚本&田崎演出ですが、樹花に好きな人が出来たと勘違いしてショックを受ける天道様。そのあとの何事もなかったような立ち直りっぷりを含めて、これは本来の天道様の崩れっぷりだ…と感じたんですね。
米村天道を誰よりも理解してるはずの水嶋くんが、井上脚本であっても天道総司として違和感なく自然に崩れてたというのが、まさに「そうそう、それそれ!」なわけで、今まで一生懸命「崩れる天道」を演じていた時には見られなかった自然さだと思うんですよ。そういう天然に隙のある天道さまが見たかった!ってことであのシーンすごい好きなんですよね。
とまあそういう部分で、どうにも米村天道と井上天道はオレからしたら決定的に違うんですが、TVを見てるときはそんなに気にしないで面白ければいいやってくらいで見てるんで、別に井上天道が嫌いとかダメってわけじゃないですから。許容範囲は広いんですよ。
 
 
ちょっと語るところがあるかどうか判らないんで今語っときますが、ひより絡みでテンぱる天道様の辺り。
カブトの物語の大筋の中では天道のやりたいこと、目指すところはイマイチよく判らないんですが、天道と加賀美の関係ということではわりと判りやすいんではないかと思うんですよ。
エリアXに入る入らないのくだり(24話)、真実を知っているのは天道だけなんで、ここまでは誰にも気を許さない、ある意味加賀美に対して壁を作っていたわけです。
ところがひよりがワームになってしまったことでその壁が崩れたとき(30〜31話)、動揺してうっかり加賀美に本心を見せてしまったけど(32話)、そこでまた壁を作ってシャットアウトしてしまうわけですね。(33話〜)元通り取り繕おうとするわけです。
何でシャットアウトするかというと自分が間違ってるからです。それを覆い隠すためにまた壁を作るんですが、一度壁の中を見てしまった加賀美が中に入りこもうとしてくる。結局壁を乗り越えてくる加賀美のせいだけでなく、間違ってることは潔く認めようという天道自身の成長で天道はもとの俺様天道に戻ることが出来た(36話)…って感じじゃないでしょうか。
例えていえば、自分の存在意義を揺らがされたことによって暗黒面に落ちた正義の王子が、仲間の尽力で戻ってくるって感じ?もしくはLOTRの滅びの山で指輪を捨てる捨てないと揉めるフロドとサム?(余計わけ判らんかなー?)
まあその辺はよく考えたら井上さんは全く関わってなく、米村さんオンリーだということで天道の行動、気持ちの変化としては筋が通ってるなあと、オレは思ったわけですね。だからあの辺の天道様は、オレ的には好みの天道様ってことですヨ。